あぁ、山椒魚が喰いたい
こいつを勝手に食べたのがバレると5年以下の懲役若しくは禁錮又は30万円以下の罰金が科せられる。
初めてこいつを見たのは実家にあった日本地図だったと思う。
トキやアマミノクロウサギなどと共に、特別天然記念物の動物として地図の空いたスペースにイラストが描かれていた。
子供心に思った事は「美味そう」だった。
得体の知れない茶色いこいつは一体どんな味がするんだろうと、そもそも食えるかどうかすら知らないのに思いを馳せていた。
ある日、白土三平のサスケを読んでいると、こいつが出てきた。
敵から命からがら逃れ、傷ついたサスケがなんとか川沿いにまで辿り着いたときに目の前に山椒魚が現れた。確か、こんな感じだったと思う。
逃げもしない不気味な山椒魚をサスケは食べようとする。
ちぎった体がウニョウニョと動き、驚くサスケ。
それをサスケは焼いて食べた。
作者の説明で、体を裂いても死なないことからハンザキと呼ばれている事。
天然記念物に指定される以前に食べたことがあって、捌くと山椒の香りが広がり、味は牛肉のようでとても美味だったと書かれていた記憶がある。
作中では気味の悪い雰囲気からか、なんとなく神々しさのようなものを感じた事を覚えている。食べてはいけないものなのかもしれない。
それでもやはり「美味そう」そう思った。
それから 何年か経って十代の終わり頃、北大路魯山人でまたこいつに出会う。
言わずと知れた美食家の山椒魚の感想は、白土三平とは大きく違っていた。
今、インターネット上にある山椒魚の調理法や味の話は、ここからきているものがほとんどだと思う。
(前略)
ともかく、長いこと煮て、ようやく歯が立つようになったので、ひと口食ってみたら、味はすっぽんを品よくしたような味で、非常に美味であった。汁もまた美味かった。
すっぽんとふぐの合の子と言ったら妙な比喩であるが、まあそのくらいの位置にある美味と言うことができようか。すっぽんも相当美味いが、すっぽんには一種の臭みがある。山椒魚はすっぽんのアクを抜いたような、すっきりした上品な味である。
きのうの味を忘れかね、次の日また食ってみたら、一層美味いのにはびっくりした。長いこと煮てなお固かったものが、ひとたび冷めてみると、ふしぎなことに非常にやわらかくなる。皮などトロトロになっている。そして、汁も翌日のほうがはるかに美味い。
(中略)
山椒魚は肉も美味いが、ゼラチン質の分厚な皮がとびきり美味い。すっぽんで言えば、あのペラペラしたところに当るわけであるが、それよりモチモチしていて品の高いものがある。
山椒魚を裂くと、山椒の香りがすると書いたが、この香りは、なべに入れて煮ていくうちに、段々消え去ってしまう。
――――
白土三平は牛肉のようだと言い、魯山人はすっぽんとふぐの合いの子と言った。
魯山人の味覚に疑いの余地はないが、想像していたのと大きく違って驚いた。
それから何年も経っているが未だに山椒魚は食えていない。
中国ではチュウゴクオオサンショウウオの料理があって、日本人の料理人が作るものもあるらしいが、向こうでも天然物は違法らしく養殖のみとなっているらしい。
向こうの人には悪いが中国産の養殖には興味が湧かない。
日本の清流で育った天然の神々しさすら覚えるあの山椒魚が食べたい。
きっとどこかの田舎でこっそりやってるところがあるんだろうな。
一体どんな味がするんだろうか。
あぁ、山椒魚が喰いたい。